衣替えの朝に
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。

  


地球の温暖化のせいか、
このところ5月からすでに夏のような陽気に見舞われるようになったため、
衣替えとは別口で、社会人の皆さんの暑さ対策“クールビズ”が前倒しとなり、
学生さんたちが衣替えを迎える、本来の6月の頭には
スーパークールビズを始めるところもざらとなっているのだとか。
とはいえ、
ここがまた気まぐれな人を“お天気”と呼ぶ所以、
お天気の巡りの意地悪なところで。
梅雨はまだまだ ちと遠いような地域であれ、
6月の頭の前後になると、
それまでのひりひりするような陽射しはどこへやら、
気の早いビヤガーデンや猛暑日用の大きな温度計が白々しくも浮いて見えるほど
朝晩の風が妙に冷たくなるのもまたお約束。

 「そういや、なんだかんだ言って
  コタツを梅雨時まで出してる年っていうのも少なくはないと聞きましたよ?」

 「…ヘイさんちのはもう仕舞ってたじゃないの。」

 「だから、他所のお宅のお話ですよぉ。」

アメリカ育ちのお嬢さんのくせに、
今お世話になってるところが純和風古民家仕様なお家だからか、
日本流のあれこれにも妙に詳しいひなげしさん。
祖父さまの知己でもある高名な工学博士たちがメル友だとの話なので、
そういう筋の方々から聞いたんだろうと、
白百合さんと紅ばらさんが示し合うよに頷き合ってるここは、
彼女らが通う女学園まで連なる、緩やかな坂道の取っ掛かり。
幼稚舎から大学部までという一貫教育を謳っている総合学園だが、
この地には高等部しかない。
というか、ここがそもそもの始まりで、
中等部や初等科、大学、短大部は後から追随して創設されたため、
短大や大学は出来る限りのご近所ながら、
中等部以下はJRでいくつか乗り継ぐ別の地にあるので、
この坂道は女子高生以上のお嬢様がたが楚々と通学なさる道。

 “そっかー。R-15の坂ですか。”

こらこら誰ですか、そんなややこしい言い回ししたのは。(笑)
そうではなくて、
ご近所にお住いの方々への迷惑にならぬよう、
大声を上げたりバタバタ駆け抜けたりはご法度とされておいでのお嬢様がた。
なのではあっても、結構な数が通過するのでその気配はやはり相当なものだし、
先日一斉に衣替えしたため、
合服の濃色のセーラー服が今は純白のそれへ切り替わっているのが何とも鮮やか。
ああそっかもうそんな時期かと、近隣の皆様方への暦代わりとなってもおいで。

 「でも、六月に入った途端、ちょっと陽気の勢いも落ち着いたような。」
 「ですよね、半袖だと早朝練習にはまだ肌寒い日もありますのよ。」

いくら剣道で鍛えていても、日頃からサムライモードってわけでなし。
お家から行ってきますと外に出るのが六時前なんて頃合いとなる日は、
歩いているうちに暖かくなるとはいえ、
そこに至るまでがちとつらいので、
カーディガンが要りようなんですよねと七郎次が細い眉を下げて見せ、

 「……。」
 「ああいえ、今日みたいにゆっくりの日は大丈夫ですよ、久蔵殿。」

どうしよう、上着を貸そうにも自分も半袖仕様のセーラー服しか着てないぞと
その上半身部分を指を伸ばした白い手で パタパタと叩いてしまう紅ばらさんだったのへ。
そのくらいはあっさり通じたらしい白百合さんが、
やんわり微笑いつつ ゆるゆるとかぶりを振り、

 “人目のあるなしは関係ないお人だから…。”

長袖のままで今の話を聞いたなら、衒いなくがばちょと上の方を脱いでたかもしれぬなんて、
ひなげしさんがやや勝手に苦笑していたのも相変わらずの名推理だったが。(おいおい)
そんな頓珍漢をやらかしていることなぞ、思いもしない周囲のお嬢様がたにすれば、

 「ああ、紅バラ様への白百合様のお気遣いが麗しい。」
 「テントウムシでも飛んできたのでしょうかしら。」
 「そうですわね。
  大丈夫、もういませんよと宥められたのでしょうね。」

ちょっとした所作仕草へも彼女らなりのおっとりとした解釈つけて、
素敵素敵と注目されている三華様がた。
そのほとんどが幼稚舎からという生え抜きの箱入り娘たちばかりゆえの
ほんわかしたまろやかな空気に満たされた坂道だったが、
そんなところを騒がせた一陣の風がこれ在りて。
この時期特有の青い突風ではなく、
まだ朝日も初々しいが故の放射冷却が染みた皐月の風でもなく、

 「え? なになに?」
 「嘘、なんで?」
 「きゃあ、怖いですわ。」

ざわざわとした戸惑い気味の困惑が、
正体を見定めたからこその悲鳴へ塗り替わるまで、そうそう刻はかからなくて。
というのも、

 「皆さん、落ち着いてっ。」
 「きゃあ、嵯峨乃原のお姉さまが…。」

きゃあわあと狼狽えつつ
か細い悲鳴を上げて右往左往するお嬢様たちを、
見えない圧で追い込みだした存在。
かすかに荒々しい吐息や石畳を引っ掻く爪の音もしないではなく、
逃げ惑うお嬢様たちより背丈は小さいものか
人垣の向こうになかなか姿は見えないものの。
それが主張した一声というのが

 わう、と

それは低めの重々しい声だったものだから。

 ああこれは、成程ね、と

既にやや上の方に進んでいた三華様たちにも状況はあっさりと窺えて。
この辺りはお屋敷町で、放し飼いの猫は稀に見かけても、
野良犬が野放しになっている様子なぞ滅多に見かけないので、

 「大方、リードを振りきられましたね。」
 「大型犬をご自分で散歩させるお人はこの辺では聞きませんから…。」

躾けや何やを依頼されたハンドラーか、そのまた弟子のバイト学生か。
どんな猛犬でも怖いという感覚はあいにくと沸かない、
嫋やかな見かけによらず豪傑なお姉さまたちだが、
立ち止まった自分たちが遮る格好になっては気の毒と気がついて、

 「ああほら、慌てなくて大丈夫ですよ。」
 「前の人を押しのけないで。将棋倒しになりますよ?」

出来るだけ声も穏やかなそれにし、大丈夫大丈夫と笑って差し上げ、
道の両脇へとそれぞれ身を寄せ、さあさ このままお登りなさいと
交通整理よろしくの手振りでもって、女学園まであとちょっととの誘導にかかる。

 「…で。久蔵殿はどこでしょうか。」
 「それはそれ。」

それぞれが自分の耳へ 耳殻に添わせてくるんと素早く装着したのが、
小さなインカムマイクが頬に沿って伸ばせる小型の通信機で。
この距離でスマホを出すのは大仰だが、
とはいえ、お嬢様がたの悲鳴が挟まってて内緒話なんて出来はしないと
そういう判断が当たり前のように出て来て身体がすんなり動く辺り、
もうすっかりと
私設防衛隊の自覚というか素地のようなものが培われておいでのお嬢さんたち。
……そんなものは芽生えんでいいと、
どっかで誰か様が眉を思いきり顰めそうではありますが。(笑)
訊いた七郎次も訊かれた平八も、
お互いに確かめ合うために声に出していったようなもの。
その視線はとうに、お嬢様たちが追われてくる坂の下側へと向いており。

 「……。」

グレートデンといえば、
シェパードやドーベルマンに並んで、軍用犬に用いられるという獰猛そうな犬。
体高も高く、体格もしっかりとしていたものの、
あとで判ったのがこれでもまだ生後数か月の“子犬”だったらしい。
だがだが、そんな細かい事情まで、この場に居た初見のお嬢様がたに判ろうはずもなく。
こうまで大きな見慣れぬわんこ、
無邪気に遊ぼうと駆けて来ただけだなんて、察することさえ出来なくて当然で。
かつて幼稚舎で目にしたのが、
黒々としたG●●●と遭遇しただけでも悲鳴を上げてたお友達たち。
あんな小さな虫でさえ大泣きに泣いて逃げ惑ったか弱いお嬢様たちにすれば、
こうまで大きな相手では
森の中で凶暴な熊に遭遇したような衝撃におびえてしまっても無理はなかろと思ったか。
金の綿毛を涼風になぶらせつつ、坂の真ん中へと仁王立ちとなっているのが、
真新しき白のセーラー服も凛々しく映る、
鋭角な風貌をますますと冴えさせておっかない、紅ばら様こと 三木さんちの久蔵お嬢様。
周囲への注意力がまだまだ散漫な、
そのくせ下手すりゃ体格的には周囲を逃げ惑うお嬢さんたちと大差なさそうなほどの
大柄な腕白坊主をギンと睨み据えたその迫力たるや。

 「…おや、アイリちゃん。どうかした?」

お庭で遊んでいた飼いネコさんが大慌てで飼い主様のお膝に駆け戻っていたり、

 「グッピーたちが跳ね回ってるよ、地震かな。」
 「さあ、速報は出てないが。」

観賞魚まで異変を感じ取ったほどの覇気が放たれていたらしく。(おいおい)
当然、それを真っ直ぐ向けられていた当事者もまた、
一番に純粋な威容を降りそそがれて、ギクリとその身をこわばらせ。
駆け足の途中だった足を止め、上がっていた前脚もそのまま、
真正面に傲然と立っている女王様から目を逸らせなくなり。

 「……。」

そのほっそりとした背後に、逃げ込んで来たご学友を何人も負いつつ、
それでも毅然とした態度は微塵も揺るがぬ紅バラ様。
何だったら特殊警棒を引っ張り出しても良かったが、
夏服になってしまうと、腕を振っても手元へ飛び出しては来ない。
スカートのウエスト辺りの内側へ、収納場所を差し替えており、
それを咄嗟に思い出せなかったは、わんこには幸いだったかも。

 「ちなみに、シチさんのステンレスポールは、
  通年で太ももに添わせて…むがもが。」

 「余計なことは言わないの#」

開発担当者からの解説が中途半端にもみ消されたのはさておいて。(笑)
坂の中途で睨めっこになっていた、クールビューティな美少女戦士と腕白わんこ。
やや重たげに僅かほど下ろされた瞼も
無表情に閉ざされた口許も、
十代の少女にはあるまじき嵩の威厳をまとった表情にしか見えず。
言葉のないままの対峙は何合か続いたものの、

 「あ。」

とうとうわんこが腹を見せてその場へゴロンと横たわり、
降参の態度を取って見せたことで決着がついた模様。
曳き手が不在なまま引きずられていたぶっとい手綱を、
坂の先から降りてきた七郎次が手にし、

 「あ、どうやら担当者がやってきたようですよ。」

額の上へ手を庇にしてかざしつつ、
平八がもっと下の方、坂の取っ掛かりを見下ろしてそうと言う。
そういや、体育祭でもこんな騒ぎがありましたわね
そうそう、久蔵殿がチアの衣装のままで仁王立ちになってと、
ころころ朗らかに笑う三華様たちだったのを、
ああやっぱり頼もしいと
他のお嬢様たちが憧れの眼差しで見やる、
もしかしてもしかしたら ちょっと変かもしれない女学園の朝でございます。





   〜Fine〜  16.06.05


 *実はシチさんでもヘイさんでも
  この程度のご乱行は防御できる“私設防衛隊”だったりし。
  人目さえなかったら、
  『調子に乗ってるんじゃありませんよ』と
  双眸開眼であっさりビビらすヘイさんが一番怖いのかもしれません。(大笑)

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